障害を持つ人が安定した職業生活を送れるようにすることを目的として、「障害者雇用促進法」という法律が定められていることはご存知でしょうか。これは1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」が基礎となっており、幾度も改定がなされて今に至っています。障害の有無によって分け隔てられることなく、全ての国民が共生する社会を実現しようという理念が盛り込まれているこの法律ですが、具体的にどのような取り組みを推進しているのでしょうか。この記事では、障害者と共に働くための工夫などとあわせてご紹介します。
※目次
障害者雇用促進法とは
障害者雇用促進法には、障害者の安定的な雇用を促進させるための施策や、企業に対して障害者を雇用する義務などが定められています。まずは、この法律において「障害者」と「企業」がどのように定義されているのか見てみましょう。
障害者雇用促進法の対象となる障害者
障害者雇用促進法の第2条において、障害者とは「身体障害や知的障害、発達障害を含む精神障害、その他の心身の機能の障害により、長期にわたり職業生活に相当の制限を受ける者、あるいは職業生活を営むのが著しく困難な者」と定められています。
このうち、企業に障害者雇用の義務を課す「雇用義務制度」に含まれる障害者は、「障害者手帳を保有していること」が条件となっています。とはいえ、手帳を持たずに心身障害の影響で一般就労が困難であるなど悩みを抱えている人たちも少なくないでしょう。障害者手帳の有無で障害者かどうかを判断するのではなく、困りごとを抱えている人たちが働きやすい社会に向けて支援を行うことが重要です。
出典:e-eov法律検索 昭和三十五年法律第百二十三号 障害者の雇用の促進等に関する法律
障害者雇用促進法の雇用義務が発生する企業
障害者雇用促進法により、全ての企業に対して、障害者が活躍できるよう体制を整えることが義務付けられています。具体的には「障害者雇用率(法定雇用率)」を定め、算出された雇用率に相当する人数分の障害者を雇用しなければならないとしています。
障害者雇用率は2021年2月現在では民間企業が2.2%、国及び地方公共団体が2.5%となっています。なお、2021年3月1日より0.1%ずつ引き上げられ、これによって民間企業は全体で43.5人以上を雇用している企業につき、障害者を1人雇用しなければならないという計算になります。
企業の法定雇用者数を数えるには、以下の計算式を用いて算出します。
(常用労働者数+短時間労働者数×0.5)×2.2%(障害者雇用率)
なお、「0.5人」という小数点以下の数値は、一週間の労働時間が20時間から30時間以内の「短時間労働者」のことを指しており、「常用労働者」とは一週間の労働時間が30時間以上の労働者と定義されています。
障害者雇用促進法の具体的な取り組み
次に、障害者の雇用促進を企業がどのように行うべきなのか、障害者雇用促進法に基づいた取り組み方を解説します。
雇用義務制度
「雇用義務制度」とは、一定以上の規模を有する企業に対して、総従業員数に比例した法定雇用率を満たす人数だけ障害者を雇用しなければならないという制度です。障害があることによって社会的格差が生まれないよう、障害者と健常者の雇用機会の均等化を図ることを目的としています。雇用義務の対象となった場合、毎年ハローワークに障害者雇用の状況を報告することが義務付けられています。
法定雇用率に満たなかった場合は、ハローワークより行政指導がなされる場合があります。また常用労働者数が100人を超えていた場合は、納付金を支払うことが義務付けられています。納付金は、法定雇用率をクリアしている企業との経済的な格差を軽減することが目的です。
職業リハビリテーション
障害者雇用促進法における職業リハビリテーションとは、「障害者に対して職業指導、職業訓練、職業紹介その他この法律に定める措置を講じ、その職業生活における自立を図ること」とされています。これらの措置を受けることで、障害者が社会活動に参加し、安定して働き続けられるように支援を行います。
基本的なプログラムの流れとしては、まずは個人それぞれの適性や能力を見極め、職業訓練の支援計画を立てます。次に自分の病気や障害の特性を理解し、体調のコントロール方法などを学んだうえで、ビジネスマナーやパソコンスキルなど就労に向けた技術を磨きます。その後、面接や書類の添削などのアドバイスを受けながら就職活動に入るという流れです。無事に就職ができた後も、スムーズに職場に適応して長く勤務が続けられるよう支援するサービスもあります。
差別禁止と合理的配慮の提供義務
ここでいう「差別禁止」とは、障害のある人が労働の募集や採用において、障害のない人と同等の機会が与えられなければならないこと、また賃金や福利厚生の待遇などの決定について、障害を理由に不当な扱いをしてはならないと定義されています。
また「合理的配慮」とは、「障害のある人とそうでない人の機会や待遇を平等に確保し、支障を取り除き改善するための措置」とされています。障害者の雇用において、行政機関や民間企業を問わず合理的配慮の提供は「法的義務」となっています。合理的配慮は、障害の持つ人によってそれぞれ内容が異なり、また環境によっても左右されます。一人ひとりの特性や職場の環境に鑑みて、それぞれの対応や支援を行わなければなりません。
障害者雇用の現状と課題
2020年度における障害者雇用数と実雇用率はともに過去最高の数値となっており、障害者雇用数は対前年3.2%増の約58万人、実雇用率は前年より0.04%上昇の2.15%となりました。しかし、2021年2月現在における法定雇用率は2.2%で、あと一歩及ばないという結果になっています。また、法定雇用率を達成している企業のパーセンテージも約49%と、前年よりも増加しているものの未だ半数に届いていないというのが現状です。
企業規模別に実雇用率を比較してみると、45.5~100人未満では1.74%、100~300人未満で1.99%、300~500人未満で2.02%、500~1000人未満で2.15%、1,000人以上で2.36%という結果でした。
2021年3月より法定雇用率が2.3%に引き上げられるため、法定雇用率の達成に向けて、企業はこれまで以上に環境整備や障害者への配慮をもって「働きやすい職場」を作り上げることが求められるでしょう。
障害者雇用促進法2020年改正のポイント
障害者の雇用者数は年々増加傾向にあるものの、中小企業での障害者雇用は2%を下回るなど、企業の規模が小さいほど障害者の雇用に課題があることがわかります。また、2018年には対象障害者の水増しによる不正計上が発覚するという問題も起こりました。このような課題を背景に、2020年の改正ではどのような変更があったのでしょうか。
事業主向け給付制度
これまでの法律の内容では、週の所定労働時間が20時間に満たない雇用障害者は雇用支援の対象にならないことから、企業は障害者雇用調整金などの支援が受けられませんでした。一方で、週に10~20時間程度であれば就労が可能という障害者も一定数いることから、働き方の選択肢を拡大し短時間就労が可能な障害者の雇用機会を確保することが求められました。そこで、週所定労働時間が20時間未満の短時間勤務者を雇用すると、企業に「特例給付金」が支給されるという新しい制度が生またという流れです。
ここで注意したいのは、給付金が支給されるからといって法定雇用率の算定には含まれないという点です。厚生労働省は法定雇用率に含まれる常用労働者について「週20時間以上の労働者とする枠組みを維持する」としているため、雇用率の算定の際に混同しないようにしましょう。
優良事業主の認定制度
もうひとつの制度は、障害者雇用に積極的な中小企業に対して、「優良事業主」としての認定を行うというものです。障害者雇用が進んでいない中小企業に対して、雇用への理解や社会的なメリットを付与することを目的としています。
優良企業として認定された場合、自社製品や求人などに「認定マーク」を掲載することができるようになり、障害者雇用の促進・定着に向けて努力している企業としてアピールすることができます。また、認定マークによって働き方改革などの広報効果が期待できたり、障害の有無にかかわりなく幅広い人材の登用が円滑化できたりと、様々なベクトルで企業認知を拡大できるでしょう。
優良事業主の認定基準は、評価項目ごとに加点方式で採点され、一定以上のポイントを獲得することが必要です。認定基準を満たした、常用労働者300人未満の中小企業が対象になります。
障害者雇用に向けて企業ができること
障害者の雇用を積極的に取り組むために、企業が取るべき対応としてはどのようなものがあるのでしょうか。
障害者雇用への理解を社内に浸透させる
まずは、「何のために障害者雇用に取り組む必要があるのか」という意義と、社内における方針を明確にしましょう。「法律で定められているから」という理由ももちろんありますが、それ以上に障害者雇用によるメリットを周知し、職場理解を進めることが重要です。「障害があるためにできないことが多いのではないか」といった不安が、他の従業員から生まれることもあるかもしれません。身近に障害者がいない場合、そもそもどのような障害があるのか、何ができて何ができないのか、障害者に対する理解が追いついていない現状も考えられるでしょう。そこで、研修や社内説明会などを実施して、障害者と健常者がお互いを理解できる場を作りましょう。
雇用計画を立てる
雇用計画を立てるためには、まずはハローワークや地域の支援窓口に相談すると良いでしょう。同業種や同規模の企業が、障害者の雇用をどのように進めているのかという事例を提供してくれることもあるので、参考にしてみることをおすすめします。
また、障害者を受け入れるタイミングは、既存の業務フローを見直す良い機会でもあります。障害者のために新たに職務設計をする場合は、事前に自社にどのような職務があるのか洗い出してみることから始めましょう。そのなかで、「この業務を任せよう」「この業務は適任である」という業務を当てはめ、実際に障害者を雇用した際に特性に合わせた業務へ配置させることができるようになります。
雇用後の問題点を整理する
既に障害者雇用を行っている場合は、定着状況や離職率がどの程度なのか、また定着率が良くないという場合はどこに問題点があるのか整理してみましょう。例として、合理的配慮について採用時に確認が取れておらず配慮が不十分であった、障害者雇用についての周知が及ばず差別的な対応があった、実際に採用した障害者と業務内容が本人の適性と合っていない、健康面で問題があった場合のサポート体制が充分でない、などが挙げられます。雇用計画を入念に立てたとしても、障害者を迎え入れて初めてわかることもあるため、雇用するうえで問題があると感じた場合はその都度見直すことが重要です。
障害者と共に働くためのポイント
障害者雇用を社内で定着させるためには、障害者本人や担当部署だけではなく、受け入れる組織全体で取り組むことが大切です。最後に、障害者と働くためのポイントをおさえておきましょう。
雇用や配属の目的を伝える
企業が障害者を雇用する部門や担当者に対して、なぜ障害者を雇用するのか、そして障害者を雇用して何を期待しているのか、という目的を明確に伝えることが社内理解を浸透させる第一歩です。企業全体で障害者雇用を推進していくこと、それに伴って必要になるサポートを行うという姿勢を示すことによって、社員の受け入れ方や理解度も変わってくるでしょう。また、配属がある社員に向けて「障害者と共に働くことでどのように成長してほしいのか」を伝えることで、協力して働く意識が芽生え、お互いを高め合うことができます。
必要な配慮を周知する
障害者を初めて受け入れる場合には、どのようなことを求められているのか、何をすべきなのか不安に思う社員もいるかもしれません。そのような不安要素を取り除くために、あらかじめ「障害の理由でできないこと・難しいこと」と「できること」を周知しておきましょう。障害者雇用の面接では障害者本人から配慮してほしいことを伝えられている場合が多く、企業側は合理的配慮として対策を行う必要があります。同じ部署で働く社員に対して業務上のできる・できないの区別をはっきりとさせることで、どのようなフォローをすべきなのかが明確になります。
適切なコミュニケーションを取る
障害者の雇用を定着させるためにはまず「理解すること」が必要ですが、理解を進めるためには障害者本人とコミュニケーションを取ることが近道です。事前に特性や配慮の周知をしたから万全というわけではなく、働き始めてからも定期面談などを実施し、困っていることや改善してほしいことを聞く場を設けることが重要です。また、同じ部署で働く社員からもヒアリングすることで、障害者が雇用されてからどのように職場の環境や雰囲気が変わったのかが見えてくるので、共に働く立場の視点も参考にしてみましょう。
緊急時の対応を決めておく
地震などの自然災害や火災、集団感染など緊急時の対応は事前にマニュアルを策定しておきましょう。また、社員それぞれが活用できるように定期的にシミュレーションを行うことも重要です。車椅子や杖などを使用している障害者の場合、どのように支えてサポートをすべきなのか事前に本人に聞いておくと安心です。また、緊急時の誘導やサポートを行うのは誰なのか、役割分担や避難の方法を決めると、不測の事態が起こってもスムーズに対応できます。
まとめ
企業が障害者雇用を行ううえで、様々な問題や課題に直面することもあるでしょう。まずは障害者雇用を行うことでどのような企業を目指したいのか、方針を明確にし、誰にとっても働きやすい環境を整えることを目指しましょう。現在、障害者雇用促進法における法定雇用率を達成している企業は決して多いとはいえない状況ですが、法律の改正も数年単位で行われており、今がまさに変革の過渡期です。障害者雇用について不安な点がある方は、長期雇用に強みのあるH&Gまでぜひお気軽にご相談ください。