ノーマライゼーションとは、障害の有無によって区別されることなく、障害者と健常者が共生できる社会を目指すという、福祉の理念を表す言葉です。この理念には、障害者をただ保護するのではなく、障害者が自分の能力を活かしながら生きていける社会を目指すという意味が含まれています。障害がある方が、望む仕事に就き、収入を得られるように、官民が一体となって支援していく意識が必要です。しかし、労働力市場においては、健常者に比べ障害者の雇用機会はそう多いものではありません。そのため、障害者雇用がより広く行われることを目的として定められているのが「障害者雇用率」です。障害者雇用率はこれまで法改正とともに引き上げられ、我が国において雇用される障害者数の増加に貢献してきました。
では、2021年の段階では、障害者雇用率制度はどのようなルールのもと取り決められているのでしょうか。この記事では、障害者雇用の現状、実雇用率の算出方法や、障害者のカウント方法、今後の課題などを解説しています。
そして、2023年現在、障害者雇用率の見直しが決定しました。別コラムでそちらについて触れていますので、是非ご覧ください。
※目次
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障害者雇用率とは
「障害者雇用率制度」とは、「障害者雇用促進法」という法律において、民間企業を含めたすべての事業主に、一定割合以上の障害者を雇用するように義務付けている制度です。企業が障害者雇用率の達成を目指すことで、より多くの障害者の雇用機会が生み出されることを目的に制定されました。
障害者雇用率制度が初めて導入されたのは、「身体障害者雇用促進法」が制定された1960年です。当時は法律の名称の通り、対象となる障害者も身体障害者に限定されていましたが、1987年に現在の「障害者雇用促進法」に名称が改められました。その後も、幾度かの改正を経て、1998年には知的障害者が、2018年には精神障害者が、障害者雇用率制度の算定対象に加わり、多様な障害特性を持つ人達が、この制度の支援を受けられるようになりました。
障害者雇用促進法は2021年から何が変わる?
障害者雇用促進法はこれまでも時代の流れに合わせて改正を繰り返してきましたが、直近では2021年に障害者雇用率が改められました。今回の改正によって、具体的に何が変わるのでしょうか。
障害者雇用率がアップする
障害者雇用率(法定雇用率)は、どのように定めているのでしょうか。
障害者雇用率は、国内で雇用されている労働者数の総数や失業者数を参考に算出されています。労働者数や失業者数は毎年変動するため、障害者雇用率も定期的に見直されています。そのため、これまでも数度にわたって引き上げが行われてきました。
2021年3月の改正では、障害者雇用率は3年ぶりに引き上げられ、民間企業は2.2%から2.3%に、国や地方公共団体は2.5%から2.6%に、教育委員会などは2.4%から2.5%と、それぞれ0.1%ずつ上乗せされています。
対象となる事業主の範囲も変更される
障害者雇用率は、具体的にどの程度の規模の企業が対象になるのでしょうか。
障害者雇用率の適用範囲については、条文上で明確に定められている訳ではありませんが、民間企業の雇用率が2.3%であることを考えると、常用雇用者数が43.5人いる場合に障害者1人を雇用しなければならないことがわかります。改正前の2.2%の場合は、45.5人につき1人だったため、今回の障害者雇用率の引き上げによって、これまでは障害者雇用義務が課せられていなかった事業主も対象となる可能性があるのです。
なお、常用雇用者数とは、正社員などの無期雇用者と、1年以上の雇用実績がある、またはその見込みがある、パート・アルバイトや契約社員などの労働者を合わせた人数をいいます。
法定雇用率を詳しく知ろう
障害者雇用率を自社に当てはめるためには、どのような方法で計算する必要があるのでしょうか。具体的な計算方法やカウント方法をご紹介します。
必要な雇用人数
障害者の雇用義務人数は、常時雇用労働者の人数に法定雇用率をかけることで、算出されます。この際、小数点以下は切り捨てます。今回の改正のように、たった0.1%の引き上げではそこまで大きな変化は無いのでは、と感じられるかもしれませんが、企業の規模によっては、このわずかな差でも雇用しなければならない障害者数が変化する場合があるので注意が必要です。例えば、以下の例では、常時雇用者数が350人の民間企業の雇用人数を算出しました。たった0.1%の違いでも、採用しなければならない障害者の人数が1人増えていることがわかります。
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- ・常時雇用者数350人×法定雇用率2.2%(0.022) = 7.70
- ・常時雇用者数350人×法定雇用率2.3%(0.023) = 8.05
このように、企業規模によっては、新たに採用しなければならない障害者が増える可能性があるのです。
カウント方法
続いて、障害者雇用率を満たしているかどうか確認するために、自社における障害者の実雇用率を計算してみましょう。計算式は以下の通りです。
・自社の雇用率=(障害者である常時雇用労働者の人数)÷(常時雇用労働者の人数)
原則として障害者1人をそのまま1人分としてカウントしますが、一部カウント方法に例外がありますので、間違えて申告しないように注意しましょう。
ダブルカウントになるケース
ダブルカウントとは1人の障害者を2人分としてカウントすることです。ダブルカウントが適用されるのは、重度身体障害者・重度知的障害者を雇用した場合です。
障害が認定された際に交付される障害者手帳には、障害特性や程度によって等級が設定されています。身体障害者手帳は1級~7級に分けられ、数字が低くなるほど症状が重いことを表しています。療育手帳は自治体によって異なりますが、1度~4度の4区分やA・B・Cの3区分のように3~4区分に分けられており、1度やAに近づくほど症状が重いと判定されると覚えておくと良いでしょう。「重度」とされるのは、障害者手帳1級~2級の所持者、および療育手帳の判定がAもしくは1度に該当する障害者です。
精神障害者においても障害者手帳の等級はありますが、「重度」という定義が無いため、このカウント方法は適用されないので注意しましょう。
0.5カウントになるケース
0.5人分としてカウントされるのは、短時間労働者の場合です。ここでいう短時間労働者とは、1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の労働者のことです。なお、20時間未満の労働者は、そもそも障害者雇用率のカウント対象ではありません。
ここで注意しなければならないのは、短時間労働者でも1人分のカウントができる場合があることです。2018年に精神障害者が新たに障害者雇用率の対象に加わったことから、期間限定の経過措置として以下の条件を満たした場合は、短時間労働者でも1人分とカウントすることが可能です。
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- ・新規雇い入れ、もしくは精神障害福祉手帳の取得から3年を経過していない場合
- ・2023年3月31日までに雇い入れられ、かつ精神障害者手帳を取得している場合
- ・退職し、その後3年以内に同じ事業主に再雇用されていない場合
重度身体障害者または重度知的障害者で、短時間労働者の場合
では、上記のような例外が重なってしまった場合は、どのようにカウントするのでしょうか。
例えば、重度の身体障害者もしくは知的障害者を、短時間労働者として雇用するケースなどです。このような場合は、従来のダブルカウント分の「2」と短時間労働者分の「0.5」をかけて「1」としてカウントします。
障害者雇用の現状と今後の課題
法定雇用率が2021年に引き上げられたことで、障害を持つ求職者の雇用機会はさらに増加していくことが予想されます。その一方で、業種によっては障害者雇用が難しく、障害者雇用率の達成が大きな課題となっている企業も少なくありません。ここでは、現在の日本の障害者雇用における現状と、さらに障害者雇用を推進するために取り組むべき課題を障害別に解説します。
コロナ禍がどう影響していくか
障害者雇用に限った話ではありませんが、新型コロナウイルス感染症流行によって、多くの業界で雇用控えが起こるのは避けられないでしょう。ハローワークのデータによると、コロナ禍の始まりとなった2020年の障害者雇用求人数は前年比で36.1%減少し、新規就職者数もともに31.1%減となっています。就職氷河期やリーマン・ショックのような景気低迷期にも、障害者雇用人数は落ち込んでいたこともあり、今回の新型コロナウイルス感染症による影響も決して小さくはないと予測されます。
また、新型コロナウイルス感染症は、基礎疾患を抱える人が多い障害者にとって、重症化の危険性は軽視できません。障害者を多く雇用する企業では、健康被害の拡大を懸念して、休業態勢に踏み切ったケースもありました。せっかく就職を考えていた障害者が、踏みとどまってしまう原因にも繋がるでしょう。
その一方で、新型コロナウイルス感染症の影響により、テレワークが一気に拡大した側面もあります。もともと障害者雇用の領域においては、コロナ禍以前より厚生労働省がテレワークをはじめとした多様な働き方を推進していましたが、大きな効果を得られていませんでした。ところが、コロナ禍をきっかけとして日本全体でテレワークが普及したことにより、テレワークでの障害者雇用が注目されるようになりました。
テレワークは、自力での通勤が難しい重度の身体障害者や、公共交通機関の利用や人ごみのなか通勤することで極度に疲弊してしまう精神障害者などにとっては、メリットのある働き方です。また、企業や事業所の設立はどうしても都市圏に集中してしまいますが、テレワークであれば、地方に住む障害者も働くことが可能になります。企業にとっても、幅広い人材の獲得に繋がるでしょう。
障害別の現状と課題
障害者と一言でいっても、障害の特性などによって就職に対する課題はそれぞれ違います。障害別に、見ていきましょう。
知的障害
重度知的障害がある場合、日常的な生活を常に他者の援助のもと送らなければならなくなります。一方で、比較的軽度であれば、読み書きや計算などが苦手という程度で、外見だけでは障害があるとわからないような人もいます。このように、知的障害は障害の程度や個人によって「できること」「できないこと」の差が非常に大きく、同じ障害としてひとくくりにするのは難しいかもしれません。「知的障害があるからこの業務はできないだろう」といった考え方ではなく、それぞれの障害者の特性を見ながら採用を考えることが重要です。
また、知的障害者の雇用における課題としては、身体障害者・精神障害者と比較して、1ヶ月の給与平均や正社員雇用の比率が最も低いという点です。給与においては、身体障害者の平均が21万円を超えているのに対し、知的障害者は11万円台と半分程度となっており、正社員雇用の比率も両者では大きく差が開いています。知的障害者の場合、フルタイムの勤務が難しい場合が多く、正規雇用の条件では採用が困難であるといった傾向があります。
身体障害
障害者雇用では、企業側に「合理的配慮」の提供義務が課せられています。これは、障害によって発生する困難を取り除くために企業側ができる限り配慮をしなければならないという義務です。どのような配慮が必要になるかは、障害者によって変わるため、採用面接や入社後の面接で話し合いを重ねる必要があります。ただし、身体障害者に対する合理的配慮を考えた場合、大規模な職場環境の改善が必要になることが多く、他の障害者を雇入れる場合と比較しても、企業の負担が大きくなる可能性があります。例えば、スロープや手すりの設置、エレベーターの増設、通路を広く改修する工事などが必要となるケースでは、かなりの高額の費用がかかってしまうでしょう。厚生労働省のデータによると、障害者を雇用しない理由として「施設・設備が対応していない」という回答が2番目に多いなど、職場環境によって雇用を断念している企業も少なくないようです。
一方で、障害者雇用による企業の経済的負担を少しでも軽減するために、我が国では障害者の雇用支援のための様々な助成金制度を定めています。例えば「障害者作業施設設置等助成金」「障害者福祉施設設置等助成金」「重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金」などが、障害者を雇入れる際に役に立つ助成金でしょう。これらの助成金を受け取るためには条件を満たす必要があるため、詳細は厚生労働省などの情報をご参照ください。
精神障害
厚生労働省のデータによると、2018年に障害者雇用促進法の改正によって精神障害者が法定雇用率の算定対象となったことから、ここ数年では精神障害者の雇用の伸び率が最も高くなっています。2020年度のハローワークを通じた精神障害者の就職件数は4万件を超えており、全体の半数以上が精神障害者の雇用になっています。
ただし、精神障害者を雇用するうえで大きな課題となっているのが、職場定着率の低さです。障害者による1ヶ月から1年間の職場定着率を示したグラフでは、知的障害者の1年後の職場定着率が68.0%であるのに対し、精神障害者は49.3%となっています。つまり、半数の精神障害者が1年以内に退職してしまっていることになります。原因には、業務内容や疲労によって症状が悪化してしまうことが挙げられるでしょう。他の障害と比較すると、精神障害は症状に波がある場合が多く、寛解しても再発する可能性があります。そのため、障害者雇用促進法では、精神障害者の定義を「症状が安定し、就労可能な状態である者」としており、安定して就労できる状態かどうかの見極めが重要です。精神障害者の職場定着率を向上するためには、定期的な面談やこまめな体調確認を欠かさず行い、適切なサポートが必要でしょう。
まとめ
障害者雇用促進法による、障害者の雇用義務制度が生まれてから、日本の障害者雇用の状況は大きな進歩を遂げています。2021年の改正で、民間企業では障害者雇用率が2.3%に引き上げられたことにより、障害者雇用が義務付けられる企業の範囲は広がり、雇用機会はより増加していくことが予想されます。もちろん、障害者を雇い入れ、雇用率を達成することがゴールではありません。障害者がしっかりと職場に定着し、いきいきとした職業人生が送れるように、継続的なサポートをしていく必要があります。障害者の就業には、いまだ多くの課題がありますが、それぞれの課題に向き合いながら、より良い共生社会を創り上げていきましょう。
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