2018年に障害者雇用促進法が改正され、障害者雇用の対象に精神障害者が加わりました。さらに、精神障害に対する認知や理解が広まったことや、社会全体として身体障害者雇用が進んだことによるその層の人材不足などにも起因して、精神障害者の雇用は急速に拡大しています。一方で、精神障害者は不安感やストレスなどで体調を崩すことも少なくありません。そのため、精神障害を持つ就労者にとって、職場定着は大きな課題とされています。
精神障害を持つ労働者の雇用定着を推進するためには、どのような支援が必要なのでしょうか。この記事では、採用時・就労時のそれぞれのポイントをまとめて解説します。
※目次
精神障害の主な種類
「精神障害」と一口にいっても、障害によって症状はさまざまです。まずは、代表的な精神疾患についておさらいしましょう。
うつ病
憂鬱な気分や意欲の低下といった心理面だけでなく、不眠や倦怠感、頭痛などさまざまな身体症状も表れる気分障害の一つです。
憂鬱な気分になることは誰しもありますが、通常は、人間の持つ「自然治癒力」によって時間と共に回復します。一説には神経伝達物質の欠乏が関係していると言われ、自然治癒力が働かない状態になると、時間が経過しても改善せず、場合によってはさらに悪化する可能性もあります。日常生活に大きく支障をきたす状態に陥ると、「治療が必要な状態である」と判断されるのです。
うつ病を引き起こす原因は人によってさまざまです。一つの要因だけではなく、複数の要因が重なって引き起こされるパターンも少なくありません。
まず環境要因としては、身近な人の死別、仕事や財産の喪失、人間関係や家庭環境のトラブル、自身の環境の変化(結婚・出産・昇格など)といったものが挙げられます。結婚や出産などは、一見すると喜ばしい出来事のように思えますが、環境が変化したことでストレスを感じることも大いにあり得ます。また、「性格傾向」といって、生真面目であることや完璧主義、義務感の強さ、凝り性、他人に気を遣うといった性格を持ち合わせていると、うつ病を引き起こしやすい傾向にあるようです。
双極性障害
うつ病と同じく気分障害の一つですが、「躁状態」が表れる点がうつ病と大きく異なります。
「躁状態」とは、気持ちが高ぶった状態のことです。誰彼構わず話しかけたり、ギャンブルに手を出したりと非常に活動的になります。普段は穏やかな性格の人が躁状態になると、「なんだかあの人らしくない」「元気すぎる」という印象を周囲に与えます。こういった躁状態と、うつ状態とが交互に表れる障害が「双極性障害」です。
躁状態にあるときには「気分が良い」という感覚で行動しているため、自身の病気について適切に判断することが困難です。そのため、異変に気づいて受診するのは、うつ状態の最中であることが多いようです。
しかし、双極性障害という診断を下すには、周囲からの声などをもとにしつつ、躁状態があることが認められなければなりません。うつ病と双極性障害とでは処方される薬も異なるため、誤診が続いてしまうと快方に向かうことが難しくなってしまいます。
なお、双極性障害にはⅠ型とⅡ型の2種類があります。Ⅰ型は躁状態とうつ状態の振れ幅が大きく、その落差の激しさが特徴です。Ⅱ型は振れ幅が狭い分、感情のコントロールが難しく、より一層うつ病との区別が難しいとされています。
統合失調症
物事の感じ方や考え方、行動をまとめる(統合する)ことが困難になる障害です。発症割合は100人に1人といわれており、決して珍しい障害ではありません。主な症状は、妄想や幻覚を伴う「陽性症状」、感情の鈍麻や意欲低下、引きこもりなどにつながる「陰性症状」、記憶力・集中力・判断力などの低下が表れる「認知機能障害」などがあります。
統合失調症の要因は、いまだにはっきりとは解明されていませんが、ドーパミンといわれる脳内の神経伝達物質の働きが乱れることや、大きなストレスなどが関連していると考えられています。
また、統合失調症は、症状の経過によって大きく4つの状態に分類できます。まずは「前兆期」といわれる症状の始まりの時期です。前兆期では、体や精神状態に大きな変化はなく、不安や不眠で少し悩むことがある状態です。この状態が進行すると「急性期」となり、幻覚や妄想などの陽性症状が表れます。周囲の環境に敏感になり、疲れやすくなることもあるようです。さらに「休息期」に入ると、陰性症状や倦怠感、抑うつ状態が表れます。十分な休息をとったり薬物療法を経たりすることで次第に「回復期」へ向かい、心と体がゆっくりと安定します。
てんかん
「てんかん発作」といわれる発作が引き起こす脳の慢性疾患です。脳の神経細胞(ニューロン)に突然電気的な興奮が発生し繰り返されます。
発作の発生場所は人によって異なります。例えば、いわゆる「けいれん」と呼ばれる手足が一定のリズムでガクガクとするものや、手足が突っ張り硬直する動作、ごくわずかな時間の意識消失などが代表例です。これらの発作は、基本的には同じ箇所で繰り返し発生します。
てんかんは、大きく「特発性てんかん」と「症候性てんかん」に分かれます。特発性てんかんは検査をしても原因が見つからないもので、先天的にてんかんを引き起こしやすい人に表れます。なお、基本的にてんかんの症状は遺伝しないとされていますが、「てんかんを引き起こしやすい性質」が遺伝することはあるようです。一方、症候性てんかんは、脳に何らかの障害や外傷を負った際に引き起こされるものです。
高次脳機能障害
外傷や病気によって脳に損傷を負ったことで、知的機能に問題が生じ、日常生活に支障をきたす障害です。例えば、交通事故で意識不明の状態になった後に、一命をとりとめて回復したとします。回復後に、認知機能や記憶障害、感情コントロールの低下といった症状が表れることがあり、これが高次脳機能障害です。先天的な障害や発達障害などは、高次脳機能障害には含まれません。
原因の多くは、脳卒中や脳梗塞、くも膜下出血などの脳血管疾患といわれています。そのほか、頭部外傷や脳腫瘍、神経ベーチェット病などでも起こるようです。
【採用時】精神障害者雇用の注意点
主な精神障害の特性を踏まえたうえで、これらの疾患を持つ求職者を雇用するにはどのような点に注視する必要があるのかみていきましょう。
病状を見極める
精神障害は、その特性ゆえに身体障害や知的障害よりも症状を安定させることが難しい障害です。たとえ本人にとっては回復の兆しが見えたとしても、何かの拍子に急に悪化してしまうことも珍しくありません。そのため、体調の悪化による早期離職を防ぐためにも、企業側は求職者が継続して働ける状態であるのかを事前に見極めることが必要です。
病状を見極めるには、採用面接で病歴や治療経過の情報を共有することが重要です。ただし、精神疾患や発達障害の方のなかには、自分の状況や思っていることなどを話すことが難しい方もいるでしょう。また、対人恐怖や社交不安などで面接という場に緊張してしまい、うまく話せないという方もいるかもしれません。その場合は、サポートする家族や支援機関の指導員などから話を聞き、現在の状況を把握しましょう。
なお、面接だけでは適性を図れないと感じたら、障害者雇用の支援策の一つである「トライアル雇用」などを検討しましょう。トライアル雇用は、本採用の前に求職者の試用雇用を行うものです。企業側と求職者側が、お互いに業務の適性を判断できます。
必要な配慮を明確にする
「障害者雇用促進法」では、雇用者の義務として「合理的配慮の提供」を挙げています。合理的配慮は、障害を持つ人が障害を持たない人と同等に保障されるとともに、社会的生活に平等に参加できるよう、それぞれの障害特性や困りごとに対して行われる配慮のことです。障害特性は障害者によって異なるため、当人が直面している課題・困難にあわせて、周囲の環境を変更・調整することが求められます。
例えば、視覚障害者には、文字の読み書きのサポートとしてタブレットなどの電子端末を用いたり、音声読み上げソフトを導入したりするという方法があります。また、精神障害者で、前述したような「倦怠感が強い」「不安を感じてしまう」という特性がある方には、定期的な休憩時間を設定したり、パーテーションなどで区切った個室などを用意したりと、十分に休憩をとれる環境を整えることも有効な方法でしょう。
このような配慮を提供するためには、まずは採用面接の際に、求職者本人から「どのような配慮が必要か」についてヒアリングすることが重要です。提供すべき内容が人によって異なることから、本人からの意思表示と、実際にその配慮が実施可能かどうか判断する企業側との対話が非常に重要となります。
周囲のサポートを確かめる
障害者が継続的に安定した就労をするためには、周囲のサポートが必要不可欠です。そのため、家族や主治医、支援機関など、サポート体制が整っているか確かめましょう。
障害者のなかには、発症から回復傾向にある状態の際に、「以前の状態に早く戻りたい」と焦って就職活動をしてしまうことがあります。結果的にすぐに体調を崩し、長期雇用につながらなかったという例も少なくありません。そのため、たとえ本人に働きたい意欲があったとしても、客観的な視点から「まだ就労できる状態ではないだろう」という判断できるサポート機関の支援が必要です。求職者自身の主観的な意見だけでなく、家族や主治医、支援機関の指導員などからの意見をもとに、就労できる状態まで回復しているかどうかをしっかりと確かめましょう。
【就労時】精神障害者雇用の注意点
精神障害者雇用は、採用がゴールではありません。障害者が継続的に就労するには、どのような点に注意すれば良いのでしょうか。
調子の変化を見逃さない
障害者が安心して働けるように、就労状態を確認しつつ積極的にコミュニケーションをとりましょう。障害者のなかには、必要以上に気を遣ってしまい、周囲に自分の現状を報告できない方もいます。「以前と比べて作業スピードが落ちている」「なんだか元気がない」など、ちょっとした異変を感じたら、できるだけ早く声をかけてサポートしましょう。
また、定期的に面談を行う時間を設けるのも一つの方法です。定期的な面談によって、「自分のことを気にかけてくれている」という安心感につながるうえに、現在の状況や不安なことなどを共有できるため、雇用側も状況を把握しやすくなります。「本人が困っていることは何か」「採用時にヒアリングした内容の配慮をこのまま継続しても良いのか」「配慮の改善が必要か」などを判断する材料にもなるでしょう。
十分な休憩時間を確保する
精神疾患を持つ人の中には、急激な環境の変化への対応が苦手な方もいます。特に、就業したばかりの頃は体力も気力も消耗してしまいがちです。業務の内容自体に不満を感じていなかったとしても、仕事をするだけで予想以上に疲弊してしまうことも珍しくありません。そのため、たとえ疲れていることを自認していない様子でも、定期的に十分な休息をとれるようなスケジュール管理をしましょう。
また、「疲れ」という面だけでなく、「集中力」という観点からもこまめな休憩は重要です。例えば発達障害などを持つ人にとって、長時間集中することが特性上難しい方もいます。1時間ごとに5分休憩をとるなどのこまめな休憩を取り入れれば、ある程度継続的に集中力を発揮しやすくなるでしょう。
不安に対処する
「不安感」は、多くの精神疾患に表れる症状です。他人からみれば大したことのないような問題でも、当人にとっては大きなストレスとなり得るため、できるだけ早急に不安の要因を解決する必要があります。
不安感に対処するためには、まず不安の元凶を探りましょう。本人から得られた情報や現状だけでなく、「なぜその不安を感じ続けているのか」という背景を突き止めることが重要です。例えば就業面での不安であれば、「業務量が多すぎないか」「本人の適性と業務内容が合っているか」「必要な配慮は提供されているか」「配属されている部署やチームでの人間関係はどうか」などが懸念事項となります。
また、不安の原因は就業面だけとは限りません。日常生活やプライベートに関すること、もしくは自身の持つ障害や病気に対して悩んでいることも考えられます。このような悩みは、雇用側が介入して対処することは難しいため、支援機関などと提携して対処しましょう。
まとめ
精神障害は、以前と比較して認知されつつある障害ではあるものの、症状が目に見えないことから、当事者以外が実情を深く理解することはなかなか難しい側面があります。しかし、だからといって「精神障害者の雇用は難しい」と判断するのではなく、精神障害それぞれの特性を知り、どのように対処できるかを検討することが重要です。
障害者雇用に関するノウハウを蓄積しているH&Gであれば、安定した職場定着を実現するサポートが可能です。障害者雇用をご検討の方は、長期雇用実績のあるH&Gまでぜひお気軽にご相談ください。