ADHDを含む発達障害者の雇用数は近年増加傾向にあります。この背景には、2018年に障害者雇用支援法が改正され、発達障害を含む精神障害者も障害者雇用の対象となったことが挙げられます。しかし、企業においては、発達障害を持つ方に向けた配慮や採用基準など、悩むポイントは依然として数多くあるでしょう。
そこでこの記事では、ADHDの方の障害者雇用を効率的に実施するうえで把握しておくべき知識、ポイントを具体的に解説します。
※目次
1.ADHDとは
2.その他の発達障害
3.ADHDを含む発達障害者の雇用状況
4.ADHDの方の障害者雇用を検討する際のポイント
5.ADHDの方と一緒に働くために
6.まとめ
ADHDとは
注意欠如・多動症(ADHD)は、注意欠陥多動性障害とも呼ばれる発達障害の一種です。一般的に小児期から症状が現れることが多い障害ですが、大人になって職場でのミスやトラブルの多さから病院を受診し、診断名を受けることも少なくありません。ここでは、ADHDの人に出やすい症状や発症原因、一般的な治療法に関して解説します。
ADHDの主な症状
ADHDの主な症状は、「多動性」「不注意」「衝動性」の3つです。
多動性
集中力の維持が難しく、落ち着きがなかったり、余分な動作が多くなったりするなどの症状があります。そのため、デスクワークなどでは「そわそわする」「体が小刻みに揺れる」といった形で現れます。
不注意
「物事の順序を立てることが苦手」「忘れ物が多い」などの症状があります。そのため、職場では「書類や物をなくす」「受けた指示を忘れる」といったミスが増えがちです。また、仕事の優先順位を正しく決められないことから、期限内に仕事が完了できず、職場内での評価や相手企業の関係が悪化するなど、対人関係にも支障をきたす場合があります。
衝動性
「相手の話を遮って話し始める」「自分の思い通りにならないと他人に対して攻撃的になる」などの症状があり、対人関係の悪化につながり得ます。また、症状の度合いによっては職場の業務効率にも影響を及ぼす可能性があるでしょう。
なお、ADHDは症状の個人差が大きいことも特徴です。また、特に自身が得意とする分野であれば、長時間集中できたり、ミスが少なかったりする場合もあります。適性がある業務や興味を持つ分野は人によって異なるため、採用活動を行う際には業務内容や配属する部署などを十分に考慮することが重要です。
ADHDの原因と治療方法
2021年3月時点において、ADHDの正確な発症原因は判明していません。しかし、先天性の脳機能障害があると考えられており、主に以下の2つが要因とされています。
前頭前野の異常
大脳にある前頭前野は、脳の30%ほどを占めます。思考や判断、計画、抑制、コミュニケーションなどに関わる前頭前野の機能に偏りが生じることによって、ADHD特有の多動・不注意・衝動といった症状が現れると考えられています。
神経伝達物質の不足
神経伝達物質は、神経細胞に刺激や情報を伝える役割があります。ADHDの人はドーパミンやノルアドレナリン、セロトニンといった脳内の神経伝達物質が少なく、脳内における情報伝達が正しく行えていないと考えられています。
ADHDの治療方法は、専門家によるカウンセリングや投薬治療などが多く、日常生活での困難を最小限にすることが目的です。集中力の低さや不注意を軽減すべく、日常的に取り組めるような改善方法を考えたり、神経伝達物質を補う薬を服用したりすることでADHDの治療を進めていきます。
その他の発達障害
ADHDを含む発達障害は、脳機能の発達が偏ることで発症すると考えられている障害です。能力の偏りによって症状にも違いがあり、診断される際の病名も異なります。ここでは発達障害に分類されている主な障害をご紹介します。
自閉スペクトラム(ASD)
自閉スペクトラム(ASD)は、自閉症・アスペルガー症候群・小児期崩壊性障害・レット症候群・不特定の広汎性発達障害の5つをまとめたものです。自閉スペクトラムの特徴として、「社会的コミュニケーション」と「限定された反復的な行動」が挙げられます。
社会的コミュニケーション
「コミュニケーションが苦手」「空気が読めない」などが具体的な症状です。そのため、業務においてはチームで行う業務が苦手だったり、指示を誤解したまま進めたりといった傾向がみられます。
限定された反復的な行動
「融通が利かない」「こだわりが強い」などが具体的な症状です。そのため、業務においてはマニュアル通りに進められなかったり、指示されていないことも気になって業務が進まなかったりする傾向がみられます。
コミュニケーションに障害のある自閉スペクトラムは、情報を伝えるときに、具体的・視覚的に伝えることが重要です。例えば、抽象的な言葉で伝えず具体的にシンプルな内容で伝えたり、絵や図を使用した説明を提示したりすることで、指示内容を適切に伝えることができます。また、マルチタスクを苦手としているため、シングルタスクになるよう業務を調整したり、優先順位を明確にしたりすることも有効です。
なお、自閉スペクトラムの根本的な治療法は未だに発見されていません。そのため、その人の特性に合わせた環境調整やカウンセリングを利用して、困りごとが少ない生活を目指します。また、合併する症状に合わせて薬物療法も行います。
学習障害(LD)
学習障害(LD)は、知的発達には遅れがみられないものの、読み書きやリスニング、計算といった学習能力の発達に偏りがあることが特徴です。主に「読字障害」「書字表出障害」「算数障害」が挙げられます。それぞれの症状と業務に起こり得る事例、対応法をみていきましょう。
読字障害
「ろ」や「る」などの形が似ている字を見分けることが難しかったり、言われた言葉を聞き間違えたりすることが多くあります。そのため、マニュアルや資料の読み込みに時間がかかります。
必要な対応は障害の程度にもよりますが、マニュアルの重要部分にマーカーを引いて渡したり、文章だけでなく図や絵を使用したりして説明を行うと良いでしょう。
書字表出障害
「カタカナや平仮名などの特定の文字が書けない」「漢字を覚えられない」などが具体的な症状です。メモをとることが難しく、コミュニケーションがとりづらい傾向にあります。
対応としては、タブレットなどでメモをとってもらったり、あらかじめメールやメモに書いて渡したりすることが有効です。
算数障害
「数字そのものの概念が理解しづらい」「暗算ができない」などが症状として挙げられます。そのため、時間の把握ができなかったり、数式を利用することが不可能だったりする傾向にあります。
提出期限の時間などは声をかけるようにし、数式は手順を理解できるようにマニュアルを作るなど工夫しましょう。
ADHDを含む発達障害者の雇用状況
2018年4月に障害者雇用促進法が改正され、発達障害を含む精神障害者が障害者雇用率の対象に含まれました。こういった背景から、発達障害者を含む精神障害者の雇用数は近年増加傾向にあります。
厚生労働省の障害者雇用実態調査によると、従業員規模5人以上の事業所に雇用されている障害者数82万1,000人のうち、発達障害者の雇用者数は3万9,000人であり、そのうちの21.7%が正社員だとされています。産業別に見ると、53.8%が卸売業・小売業に雇用されており、最も多くを占めている状況です。次いでサービス業が15.3%、医療・福祉業が11.6%と続いています。(2018年時点)
また、発達障害者の雇用状況を年代別に見ると、30歳~34歳が全体の23.8%で最も多く、20歳~34歳が雇用者数の56%以上を占めている状況です。若年層の雇用者数が多い理由として、障害者雇用促進法の改正により、発達障害者への支援体制が充実したことが考えられるでしょう。
一方で、発達障害者を雇用するにあたって課題を抱えている企業は少なくありません。同じく厚生労働省の障害者雇用実態調査では、発達障害者の雇用について課題があると回答した企業の75.3%が「会社内に適当な仕事があるか(わからない)」、52.9%が「障害者を雇用するイメージやノウハウがない」と回答しています。
ADHDの方の障害者雇用を検討する際のポイント
ADHDの方を雇用する際には、安定した就業や定着化をどのように図っていくかがポイントです。ここでは、障害者雇用を検討する際に考慮しておきたいポイントを解説します。
障害者雇用か一般雇用か
障害者雇用とは、企業側が障害者の障害特性や能力を把握したうえで雇用する採用枠です。企業は、環境整備や周囲の配慮の徹底などさまざまな対応が必要ですが、助成金など政府のサポートを利用することができます。
一方、一般雇用は健常者と同じ条件で雇用する採用枠です。求人数が多く、賃金も障害者雇用より高い傾向にあるため、障害者にとっては好条件の企業をみつけられる可能性が高いでしょう。ただし、障害についての配慮は少なく、勤務中に支障が生じることもあるかもしれません。また、障害について把握しきれず業務に支障が出ることで、企業にとっても損失が生まれるリスクがあります。
ADHDを含む障害者を雇用するときは、上記のメリット・デメリットを考慮したうえで募集をかけましょう。企業やその時々の状況によってどちらが適しているかは異なりますが、一般的に、長期雇用を目指すのであれば、助成金の活用などを念頭に障害者雇用での採用を目指すのが良いでしょう。
正規雇用か非正規雇用か
障害者を雇用する採用枠を定めたら、次に検討すべきは雇用形態です。前述したように、2018年では、発達障害の雇用者数のうち20%以上が正社員雇用となっています。雇用形態を検討する際には、障害者の特性や能力から、その人の働きやすい形態を選ぶことが重要です。
正規雇用は、時間をかけてさまざまなノウハウや技術を教えて、長期的な育成を目指す雇用形態です。障害者にとっても、雇用と給料が安定している正規雇用は魅力的でしょう。ただし、障害者のなかには長時間労働が困難だと感じる人も多く、相対的に定着率が低い傾向にあります。
一方で、非正規雇用は必要な期間だけ雇用することができ、教育や研修などの費用も削減できます。また、正規雇用よりも短い時間での勤務や、通院などによる欠勤にも対応できることから、障害者にとっても比較的働きやすい雇用形態でしょう。ただし、正規雇用のメリットの裏返しになりますが、短時間勤務が多いために専門的な技術を教えることが難しかったり、より良い条件の企業に従業員が転職してしまったりするリスクもあります。
障害者の特性への理解
ADHDを含む発達障害にはさまざまな特性があります。一つだけではなく、複数の特性が重なって現れるケースも珍しくありません。雇用の際には、こうした特性を把握することが重要です。
特に、採用面接時には障害について積極的に質問し、「できること・できないこと」を明確にしておきましょう。事前に把握しておけば、適切な業務内容の見直しや環境整備にあたって参考になるかもしれません。
また、障害について質問するときは、併せて希望する配慮内容も具体的に聞いておきましょう。その配慮が企業において実現可能であれば、できるだけ実行に移します。机の配置や支援ソフトの導入といった業務に直接的に関係する内容だけではなく、体調不良時の対応法なども聞いておくと安心です。
ADHDの方と一緒に働くために
ADHDは人によって症状が異なる障害なので、従業員の特性に応じて最適な支援を実施することが、業務効率の向上には不可欠です。ここでは、ADHDの方を雇用する際に知っておきたい支援方法を解説します。
相談者を設ける
雇用した従業員が職場でトラブルを起こしたり、本人がストレスを受けていたりすることが考えられる場合は、外部の医療機関やカウンセラーへの相談が有効です。社外のカウンセラーを利用する場合、「EAPメンタルヘルスカウンセラー」を探して相談することをおすすめします。
EAPメンタルヘルスカウンセラーとは、社会人を対象としたメンタルヘルスケアを専門とする支援プログラムで、障害者関連の支援にも精通していることが特徴です。従業員に対するメンタルヘルスケアや職場の雇用支援体制に関する相談など、幅広く対応しています。
指示の出し方を工夫する
ADHDの従業員に依頼した仕事の進みが遅い、あるいは質が良くないといった問題が継続してみられる場合は、指示の出し方や内容に問題がないかを見直しましょう。ADHDの方に指示を与える際には、「何を目的として」「どうのような作業を」「どのように進めるか」を明確にしておくことがポイントです。
繰り返しになりますが、ADHDの人は特定の業務に対する集中力が続かなかったり、指示内容を正しく理解していなかったりする場合があります。定期的に業務確認を行い、指示内容を正しく理解しているかを確認することが、失敗を未然に防ぐポイントです。
視覚情報を活用する
ADHDの人は、聴覚や視覚による情報処理能力に偏りがあるケースが多々あります。そのため、話を聞きながらメモを書くといった行為は、視覚と聴覚を同時に使うため、多くの場合ADHDの人にとっては困難です。
視覚情報の処理が得意な人であれば、指示内容をメールや書類などで伝えるとスムーズに指示内容を伝えられるでしょう。視覚情報で伝えるということは、指示内容を後から確認できるようにすることになるため、トータルで業務効率を向上させることにもつながります。
まとめ
ADHDを含む発達障害者の雇用数は、近年増加傾向にあります。ADHDの人は作業の得意・不得意が人によって大きく異なるので、ADHDの人を採用する際には、能力や障害特性などを正確に把握しておくことが非常に重要です。そのうえで、外部のカウンセラーと連携したり指示内容を工夫したりしつつ、ADHDの人と一緒に働きやすい業務体制を構築していきましょう。
障害者雇用を検討中の方は、発達障害を持つ方の対応実績が豊富で、長期雇用も実現可能なH&Gへぜひ一度ご相談ください。