2018年より精神障害者が雇用義務の対象となり、さらに2021年3月に障害者雇用促進法の改正によって法定雇用率が0.1%引き上げられたことを受け、障害者の雇用数は順調に伸びています。企業における障害者雇用の取り組みも活発になっているものの、依然としてせっかく採用したのに退職してしまう障害者は多く、離職率が高いという課題については解消されていないのが現状です。
企業が安定して障害者雇用率の達成を目指すうえでは、すでに雇用している障害者の離職率を抑えて職場に定着させていく取り組みが必要不可欠です。そこで、この記事では、まずは障害者雇用の離職率の現状について解説し、続いて定着率を上げるための施策や支援機関をご紹介します。
※目次
障害者雇用における離職率の現状
障害者雇用政策の拡充に伴って働く障害者が増加している一方、離職率の高さが目立っています。ここでは、データを基に障害者雇用の現状を踏まえて離職率の現状を解説していきます。
障害者雇用の現状
企業に就職する障害者の数は、年々増加傾向にあります。
厚生労働省が2020年に公表した2019年度の調査結果によると、ハローワークを通じた障害者全体の就職件数は11年連続で増加し続け、障害者全体の就職件数は103,163件、対前年度比で0.8%増加しています。(2020年6月時点)
特に、2018年の障害者雇用促進法改正によって精神障害者の雇用が義務化されたこともあり、精神障害者の雇用環境は大幅に改善されています。企業における雇用者数は、法改正が行われる前の2017年は50,048人でしたが、2021年時点では88,018人と順調な推移をみせています。(2021年1月時点)
さらに、法定雇用率が2021年3月1日からは2.3%となり、企業はより一層の障害者雇用に向けた対策が求められるようになってきています。ただし、法定雇用率達成企業は、法定雇用率引き上げ前(2.2%)の2020年時点で48.6%と、半数に届いていません。(2020年6月時点)また、企業規模でみると障害者雇用割合が高いのは大企業が中心であり、他方で中小企業の多くはなかなか雇用が進んでいないのが現状です。
引用元:
第96回労働政策審議会障害者雇用分科会 資料4 障害者雇用率の0.1%引上げの時期について
障害別の離職率
2017年に厚生労働省職業安定局から公表された障害者の職業紹介状況についての調査によると、1年後の離職率は障害の種類によりはっきりと差が出ています。一般求人も含んだ集計結果では、知的・発達障害者の定着率が1年後でも70%前後と定着率が高い一方、身体障害者が約60%、そして精神障害者に至っては50%を切る定着率です。(2017年9月時点)
この結果から、特に精神障害者の定着は難しいことが分かります。
引用元:厚生労働省職業安定局 平成29年 障害者雇用の現状等
業種別の離職率
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターが2017年に行った調査によると、1年後の職場定着率は、金融・保険業(85.1%)、郵便局や農業協同組合などの複合サービス業(68.4%)、そして研究・専門技術サービス業(67.8%)などが高い、すなわち離職率が低くなっています。一方、宿泊・飲食サービス(47.8%)や建設業(44.8%)、 農業・林業(36.8%)などはいずれも50%を切っており、離職率が高くなっています。(2017年4月)
近年の平均離職率が15%前後であるのと比べてみても、最も職場定着率の高い金融・保険業がかろうじて同レベルである他は、ほぼすべての業種で障害者の離職率が高いことが分かります。(2019年8月)
引用元:
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター障害者の就業状況等に関する調査研究(2017年4月)
障害者雇用における主な離職理由
ここでは、2013年11月に厚生労働省により実施された「平成25年度障害者雇用実態調査」の公表結果に基づいて、障害者雇用における主な離職理由をみていきましょう。なお、知的障害者については、本調査における離職理由、改善事項の調査対象外となっています。
離職理由としては、まず身体・精神障害者ともに上位に挙げられていたのが「賃金や労働条件に対する不満」や「職場の雰囲気や人間関係」、そして「仕事内容が合わない」です。これらは雇用者一般にみられる離職理由の上位としておなじみの理由であり、障害者雇用においても同様ということが分かります。
一方、身体障害者特有の離職理由としては、「会社の配慮が不十分」や「障害のため働けなくなった」、あるいは「通勤が困難になった」などが挙げられています。また、精神障害者からは「作業や能率面で適応できなかった」や「疲れやすく体力・意欲が続かなかった」、さらには「症状が悪化(再発)した」などの理由が挙がっています。(2013年11月時点)
これら障害者独自の離職理由を踏まえると、雇用する障害者とのコミュニケーションを通して各人にふさわしい「合理的配慮」を個別具体的に提供していくことが、雇用定着において欠くことのできない視点になると考えられます。次章では、離職理由を踏まえて、定着率を上げるためのポイントを具体的に考えていきましょう。
引用元:厚生労働省職業安定局 平成25年度障害者雇用実態調査結果
障害者の定着率を上げるポイント
企業は、職場に迎え入れた障害者の離職を防止ための具体的な施策を講じていく必要があります。そのなかで、「合理的配慮」という言葉を耳にしたことがある方もいるのではないでしょうか。合理的配慮とは、障害特性や場面に応じて生じる困難を取り除き、障害のある人が自分らしく生きられるように配慮することです。合理的配慮は、定着率の向上と密接に関わるものですが、具体的にどのような配慮をすればよいか迷われる方も少なくありません。
ここでは、定着率を上げるためのポイントを解説していきます。
専門の人材を配置する
障害者特有の離職理由として、症状の悪化(再発)や企業の配慮不足が挙げられていることを鑑みると、障害者雇用においては障害やその特性に明るく、かつ支援経験が豊富な専門人材を当該障害者の身近に配置しておくことが大切です。専門知識を有する人物がいることで、障害者が業務を遂行するうえでの悩みや自身の体調について打ち明けやすい環境を提供することができます。
障害に対する深い知見を備えた人間がサポートできる態勢が構築できていれば、的確な対応をすばやく打ち出していくことできるでしょう。
社内制度を整備する
専門人材の配置とともに障害者雇用にフィットした社内制度の整備を進めることで、定着率向上への相乗効果が見込めます。たとえば、精神障害者の心身の状態を可視化できるシステムを導入すれば、早期に異変に気が付くことができます。また、適切かつ迅速な対応は、障害者に過度の心理的負担がかかることを回避する効果も期待できるでしょう。
また、雇用中に生じる軋轢やトラブルに向けたこまめな情報共有の仕組みや社内での連携・対処方法をあらかじめ決めておくとより効果的です。こうした社内制度の整備は、今後より拡充していく必要がある障害者雇用をスムーズに展開していく基盤にもなります。
勉強会を実施する
会社として障害者雇用に対する方針を明確に示すことは、社員が障害や障害者への理解を深める意欲を高めることに繋がります。また、社内における障害者の支援体制を進めていく過程では、具体的なコミュニケーションやマネジメント方法などの勉強会を実施するとよいでしょう。適切な配慮がなされれば、「作業や能率面で適応できない」「会社の配慮が不十分」などの理由による離職を防ぐことも期待できます。
障害者の考えを尊重する
障害者雇用政策が年々拡充してきていることは事実ですが、仕事の成果に対する評価や昇給・昇進に関する扱いについては、一般雇用に比べると大きく遅れをとっているのが現状です。身体・精神障害者の共通の離職理由「賃金や労働条件に対する不満」は、多くの意欲ある障害者による不満の表明といえるでしょう。
したがって、障害者を自社に迎え入れるにあたっては、障害者の考えを尊重したうえで、意欲や能力に応じた配置と人事評価制度の仕組みを整えておくことが大切です。
障害者雇用に関する支援機関
ここまで、企業が障害者の離職を防ぎ安定して就労できる環境を整備していくためには、まずは障害者と密なコミュニケーションを取り、社内の体制・制度を整えていく必要があります。しかし、企業の力だけで障害者の受け入れ体制を構築するのは難しいケースもあります。そこで、過度な負担を避けて、職場に迎え入れた障害者の安定就労を実現するには、必要に応じて第三者機関と連携しながら対処していくことが望ましいでしょう。ここでは、代表的な支援機関についてご紹介していきます。
ハローワーク
ハローワークは、特定求職者雇用開発助成金やトライアル雇用助成金の他、必要とする人材や配慮の内容から採用後の定着に関する相談など、障害者雇用に関する様々な支援を行っています。もちろん、求職中の障害者に向けた職業相談や職業紹介についても万全の支援体制が整えられています。
職場適応援助者
職場適応援助者はジョブコーチとも呼ばれ、障害者の職場適応に問題が生じた際に職場に出向き、障害特性に合った専門的支援を行っていく役割を担います。所属場所によって配置型・訪問型・企業在籍型の3形態ありますが、いずれの援助者も障害者の職場適応に関する具体的な目標と支援計画を基に支援していくことに変わりはありません。
そして、企業に対しても、障害特性に対する理解を促したり、障害者を迎え入れるための職場環境や雇用管理を進めていくためのサポートをしたりと、職場定着を包括的に支援してくれます。
障害者就業・生活支援センター
障害者就業・生活支援センターは、障害者とその家族が自立した生活を目指すための相談支援を行う機関です。行政や医療機関などとのネットワークを活用しながら、就労だけでなく経済面や健康面を含めた生活全般に関する悩みや困りごとの解決方法を探るための支援を行っていきます。
地域障害者職業センター
地域障害者職業センターは、障害者雇用促進法22条に基づいて設置された機関であり、全国の各都道府県に最低1ヶ所は設置されています。ハローワークや企業、主治医らと連携を図りながら、障害者の職業面での自立に向けた職業リハビリテーションの実施や職場復帰に向けた計画立案などの支援を行います。
また、高い専門性を備えた職員も在籍しており、企業の障害者雇用管理における課題分析に基づく助言や具体的なノウハウも提供しています。
就労移行支援事業所
就労移行支援事業所は、利用する障害者に応じた支援計画に基づき、一般企業で働く際に必要となる知識やスキルの習得など、就労に向けたトレーニングを実施する機関です。雇用後の障害者への定期的な面談の実施や配慮・環境整備に関するアドバイスなど、安定的就労に向けた基盤づくりを企業と協働して行います。
医療機関
医療機関は、障害者の医療面全般を支援することはもちろん、他機関と連携して専門的見地から就労に向けた様々な助言を行う役割を担います。特に、継続的な治療を要する精神障害者の就労支援においては、企業と就労支援機関、そして医療機関の連携が求められます。
まとめ
この記事では、データに基づいた障害者雇用の離職率や定着率向上のポイントについて解説しました。企業が障害者の離職を防ぎ安定して就労できる環境を整備していくためには、障害者のニーズを汲み取り、適切な合理的配慮と社内制度を展開することが大切です。加えて、支援機関を積極的に活用しながら障害者をサポートしていけば、離職率の低減も実現できるでしょう。
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