障害の有無に関わらず、誰もが自身の能力を活かし、生き生きと働ける社会は、多くの人の幸せな人生に繋がります。このような理念のもと、制定されたのが「障害者雇用促進法」です。この法律によって、多くの障害者に雇用機会がもたらされ、社会活動に参加するきっかけが作られてきました。なかでも、障害者の雇用機会を創出するために最も効果を発揮しているのが、「障害者雇用率制度」です。障害者雇用率とは、民間企業などの事業主に対し、雇用しなければならない障害者の割合を定めているもので、時代の様相に合わせて、引き上げが行われてきました。
現在では、障害があっても働いている障害者の姿は珍しいものではなくなりましたが、現状に至るまでには、障害者雇用政策が時代と共に変化してきた歴史があります。
この記事では、障害者雇用促進法の歴史から、障害者雇用に成功している企業が行う施策の事例などを盛り込みながら、日本の障害者雇用が拡大しつつある現状を解説していきます。
※目次
障害者雇用促進法の改正の歴史
障害者雇用促進法の原型となる「身体障害者雇用促進法」は、1960年に制定された、歴史の深い法律です。名称の通り、当時は身体障害者のみを対象としていたのですが、どのような歴史を辿って現在の形になったのでしょうか。
障害者雇用促進法の成立と目的
障害者雇用促進法の設立の背景には、1950年代に北欧で提唱されるようになった「ノーマライゼーション」という考え方があります。ノーマライゼーションの発祥には、当時施設に収容されていた身体障害者が、非人道的な扱いを受けていたという時代背景があります。当時の人々が、このような状況に問題意識を持ったことで、「障害の有無に関わらず国民誰もが平等に扱われる社会」を目指す、という取り組みが始まりました。
一方、日本においても、終戦によって傷痍軍人が大量に帰還したことで、身体的障害を持った彼らが仕事に就けるように支援する必要がありました。そこで、1960年に制定されたのが「身体障害者雇用促進法」です。
法定雇用率が努力義務から法定義務へ
身体障害者雇用促進法の制定当初は、障害者を雇用することは「努力義務」とされていましたが、すでにヨーロッパにおいて障害者雇用率の制度が主流となっていたことから、1976年には、障害者雇用率制度が追加され、これを機に障害者の雇用が法的義務として定められるようになりました。
当時の障害者雇用率は1.5%に設定されていましたが、その後の改正や、労働市場の変化を鑑みて、数年単位で見直しが行われてきたことで、2021年現在では民間企業の障害者雇用率は2.3%にまで引き上げられています。
障害者雇用率の改正とともに、障害者の対象範囲も徐々に広げられていきました。1987年には名称が現在の「障害者の雇用の促進等に関する法律」となり、身体障害者だけでなく、障害を持つ人の就業を広く支援する法律として整備されました。その後、1997年に知的障害者が、2018年に精神障害者が雇用義務制度の対象に加わったことで、障害者雇用促進法は、広い範囲の障害者の雇用機会を生み出すために重要な法律になっていきました。精神障害者の雇用が義務化されたのは比較的最近のできごとですが、これには精神疾患への理解がなかなか社会的に進まなかったことが背景に挙げられるでしょう。
対象事業主の変化
障害者雇用率の引き上げによって、障害者雇用が義務付けられる事業主(企業)も対象が広がりつつあります。2021年3月改正以前の障害者雇用率は2.2%であり、この数字は、従業員を45.5人以上雇用している場合に1人以上の障害者を雇わなければならないことを意味します。しかし、改正後2.3%になったことにより、現在では従業員が43.5人以上の事業主に対して、障害者の雇用義務が課せられるようになりました。このように、障害者雇用に取り組まなければならない対象事業主の範囲は徐々に拡大しています。
自社の企業規模と雇入れなければならない障害者の人数は以下の式で求めることができます。
- 自社の法定雇用障害者数(障害者の雇用義務数)=(常用労働者数+短時間労働者数×0.5)×障害者雇用率(2.3%)
法定雇用率と達成企業の割合の推移
厚生労働省のデータによると、就業している障害者の数は2020年度までに17年連続で増加しており、過去最多となっています。しかし、障害者雇用率を達成している企業の割合は、必ずしも右肩上がりの状態ではなく、数年単位で上昇と下降を繰り返しています。このような現象は、数年ごとに行われる障害者雇用率の引き上げが関係しているようです。つまり、障害者雇用率が引き上げられると、対象企業は拡大するものの、そのうちの多くの企業はすぐには対応できず、雇用率が未達成になってしまうのでしょう。そのため、障害者雇用率が引き上げられた2021年度では、障害者雇用率の達成企業ははやや減少に転じると予想されます。
障害別にみる障害者雇用促進法
障害者と一言でいっても、身体障害者、知的障害者、精神障害者があり、障害の種類によって課題は異なります。それぞれの障害者雇用にはどのような課題があるのでしょうか。
引用元:令和2年度障害者職業紹介状況等
身体障害者
身体障害者は、最も早い時期から障害者雇用率制度の対象となったこともあり、現在でも障害者雇用全体に対して、身体障害者の割合は最も大きいです。一方で、新規就職件数や新規就業者数をみてみると、近年においては少しずつ減少しており、伸び率が鈍化傾向にあることがわかります。また、年齢別のデータでは、就業する身体障害者のうち7割は65歳以上となっており、知的障害や精神障害に比べると高齢の労働者が多いことがわかります。現在わが国では少子高齢化が進んでいることを考えると、高齢化とともに身体障害者数は今後も増加していくことが予想されるでしょう。
知的障害者
知的障害者が障害者雇用促進法の対象となったのは、1987年の改正からです。厚生労働省のデータをみても、翌年の1988年度から知的障害者の実雇用数が伸びていることがわかります。一方で、施設入所者の割合が他の障害者と比較して多いため、フルタイムや正規雇用での働き方が難しいなど、解決しづらい課題もあります。平均給与のデータにおいても、知的障害者が最も低い金額になっており、身体障害者とおよそ2倍ほどの賃金差がありました。
精神障害者
精神障害者は、2006年の改正時に障害者雇用促進法の対象になりました。当時から「精神障害者の雇用促進」は目標の1つとして掲げられていましたが、精神障害に対する社会への理解が進んでいなかった背景もあり、しばらくの間は大きな変化はありませんでした。しかし、障害者への差別禁止や、合理的配慮の提供を義務付ける措置が加わるなど、障害者雇用促進法が大きく改正された2013年以降は、精神障害者の労働市場が大きく拡大しています。2018年に精神障害者の雇用が義務化されたことも相まって、2020年度においても、雇用数が前年比で12.7%増加するなど、障害者の雇用状況は大きく加速しています。
障害者雇用率を達成している企業の施策
企業には障害者雇用率の達成が義務付けられているものの、障害者を雇入れるにあたっては、企業側の負担も小さくはありません。障害者雇用率を達成している企業はどのような方法で障害者雇用を推進しているのでしょうか。
特例子会社の活用
障害者雇用率は、同じグループ企業であっても、名義が別であればそれぞれの企業で算定しなければなりません。しかし、「特例子会社」という制度を活用することで、親会社と子会社、もしくはグループ全体の障害者雇用数を合算できるようになります。特例子会社とは、障害者の雇用定着促進を目的として特別な配慮を実施している子会社のことであり、厚生労働大臣の認定を受けたものをいいます。
特例子会社は、障害者雇用に特化した独立した組織であることから、設備投資や業務内容の選別、障害者雇用に特化した雇用管理などを集中して行うことが可能です。そのため、体調不良時に休みやすい・早退しやすいなど、障害者が働きやすい職場環境を構築できるメリットがあります。また、障害を抱えている人がメインとなって働いているため、障害者が疎外感を感じづらかったり、トラブルが起きても対処しやすかったりと、職場環境の細かな部分においても良い効果があるでしょう。
助成金の活用
障害者を雇入れるためには、新たな設備の導入や職場環境の改善が必要になることも少なくありません。そのため、障害者を雇入れることで企業の負担が大きくなり過ぎることを防ぐため、さまざまな助成金制度が用意されています。
例えば、ハローワークなどの職業支援窓口の紹介により障害者を雇用した場合に支給される「特定求職者雇用開発助成金」や、継続的な雇用を見据えて障害者を試用的に雇用する「トライアル雇用助成金」、障害者の職場定着に向けた措置を実施した場合には「キャリアアップ助成金」などが利用できます。助成金の種類によって対象企業や支給金額、支給対象者が異なりますので、詳しくは厚生労働省のWebサイトなどをご参照ください。
在宅就業者に対する支援
重度の身体障害をはじめ、精神障害によって外出が困難な人は、就業するにあたって通勤が大きなハードルになっている場合も少なくありません。このような特性を持つ障害者のために、テレワークなどの在宅就業を取り入れている企業も増えています。最近では、新型コロナウイルス感染症による影響もあり、障害者雇用以外でもテレワークが普及してきました。これによって、通勤せずに働ける職種も大幅に増えているようです。また、場所を選ばない働き方が広まることで、これまで就業機会の少なかった地方に在住する障害者にとっても就業の選択肢が大きく広がりました。
また、「在宅就業障害者支援制度」という、在宅障害者の雇用機会の拡大を目指した国の支援制度もあります。これは、自宅もしくは福祉施設などで就業する障害者を雇用する企業に対して、障害者雇用納付金制度からの助成金を支給するというものです。
支援機関との連携
障害者雇用における大きな課題の1つに、「職場定着の実現」があります。企業が障害者雇用率を達成するために、積極的に障害者を雇入れたものの、すぐに辞められてしまったというケースは少なくありません。障害者雇用は、採用することがゴールではなく、就職後のフォロー態勢を整え、障害者が充実した気持ちで働き続けてもらえるよう、企業は努力しなければなりません。しかし、障害者が就労するにあたって抱える問題は、職場環境に関することだけでなく、医療やプライベートなどさまざまな領域に跨っているため、企業だけではすべて対応することは難しいといえるでしょう。そのような場合は、障害者支援を行う専門機関との連携を取ることが大切です。
支援機関は、企業と障害者本人を仲介し、就業における悩みだけでなく日常生活のサポートにも対応することが可能です。プライベートの悩みを抱えている障害者に対しても適切な支援を行ってくれるでしょう。企業と連携が取れる支援機関には「障害者就業・生活支援センター」や「就労移行支援事業所」、「障害者就労支援センター」などがあります。
障害者雇用率未達成の場合のデメリット
障害者雇用促進法では「障害者を雇用することは義務である」と定められていますが、もしも障害者雇用率が未達成となった場合はどのようなデメリットが発生するのでしょうか。
納付金の支払い義務が生じる
障害者の就業安定と促進を図るための制度として、「障害者雇用納付金制度」があります。この制度は、障害者雇用に関連する助成金の1つですが、障害者雇用に積極的な企業と、そうでない企業の間の、障害者雇用によってかかる負担の格差を埋める役割を持っています。つまり、法定雇用率を達成している企業に対して、未達成の企業から徴収した納付金を財源とした、調整金・報酬金が支払われる仕組みが、障害者雇用納付金制度なのです。そのため、障害者雇用率を達成できなかった場合は、罰金やペナルティこそ無いものの、納付金を納めなくてはなりません。
行政指導が実施される
厚生労働省は、すべての企業に対して「障害者雇用状況報告」の提出を求めています。この報告書によって、政府は障害者雇用の状況を把握し、さまざまな政策の策定に活かしていくのです。障害者雇用未達成の企業に対しては、障害者雇用状況報告のほか、2年間単位の「雇入れ計画作成命令」という書類の提出が求められます。しかし、その計画で定めた障害者雇用人数も達成されず、計画にも大幅な改善が必要な企業に対しては、労働局や厚生労働省の職員による行政指導がなされる場合があります。
社名が公表される
行政指導を行っても、なお改善がみられないと判断された場合、最終的には社名が公表される可能性もあります。企業名だけでなく、障害者雇用における行政指導の内容も公になってしまうため、企業のイメージに悪影響を及ぼす可能性があるでしょう。また、一度公表されてしまうと、その情報は取り消しできないため、企業イメージの悪化だけでなく、他社との信頼関係も崩れかねません。このような事態を避けるためにも、企業は障害者雇用に対して真摯に取り組む必要があるのです。
まとめ
障害者雇用の現状は、障害者雇用率の改定と共に、大きく前進しつつあります。障害者雇用率の引き上げで対象企業が拡大したことにより、今後も多くの障害者の就業機会が生みだされていくでしょう。このようななか、企業は障害者雇用に真剣に取り組み、採用だけでなく、入社後のサポートまでしっかりと態勢を整える必要があります。単に障害者雇用率を達成するためだけではなく、障害者が自分の能力を発揮し、充実した職業人生を送るために、できることから行っていきましょう。
H&Gでは、障害者雇用に関するノウハウを蓄積しています。障害者雇用をご検討の方は、長期雇用実績のあるH&Gまでぜひお気軽にご相談ください。