障害者雇用促進法によって、民間企業や国、地方公共団体に障害者の雇用義務が課せられたのは1976年のことです。その後、幾度かの法改正を経ながら、我が国では障害者の方が働きやすい環境を整えてきました。2020年現在、我が国の障害者雇用の状況は雇用数、実雇用率ともに過去最高を更新しており、着実な成果をあげているといえます。
しかし、これまでの障害者雇用政策は、主に雇用機会の提供を重視していたといえます。いわば入り口部分といったところでしょう。現在、新たな課題として取り上げられているのは、障害者が職業人として充実した人生を歩めるかということです。障害者が入社後も安定して働き続けるためにはどのような対策が必要でしょうか。
この記事では、障害者が安心して就労できる環境を構築するためにはどのような点に気をつければ良いのか、また定着率を上げるための障害者採用の基準について解説します。
※目次
障害者採用で求められる人材と現状
障害者雇用において、どのような障害者が採用されやすくなっているのでしょうか。ここでは、企業が障害者を雇用するにあたって、基準となるポイントを解説していきます。
障害者雇用の現状
近年、多くの日本企業において、障害者雇用は推進されています。ただし、必ずしもすべての企業が障害者雇用を望んでいるかといえばそうではなく、引き上げが続く障害者雇用率への対策や、昨今話題となっているCSR(企業の社会的責任)を果たすといった側面から、必要に迫られ障害者雇用をしているという企業も少なくありません。そのため、多くの企業で、障害者を雇用するという入り口部分は整備されつつあるものの、障害者のための長期的なキャリア支援や、納得のいく昇給・昇格制度の構築までは手が回っていない現状があります。
このような背景から、現状の障害者雇用枠における募集内容は、軽作業や短時間勤務が大部分を占めているようです。例え能力のある人やポテンシャルのある人であっても、障害者というだけで職業や働き方が限られてしまっているのです。
変わりつつある働き方と現状
しかし、ここ最近になって、上記のような障害者雇用の状況が変化しつつあります。多くの企業で「働き方改革」が推進されていくなかで、ダイバーシティの理念が浸透してきたことも背景の1つです。また、生産年齢人口の減少を見据え、これまで主要な労働力としてみなされてこなかった労働者層にも期待の視線が向けられるようになったのです。
このような背景のもと、最近では一般採用枠でも障害者を受け入れる企業や、専門職にも障害者雇用枠を設ける企業が増加し始めています。
もちろん、障害にも種類や程度の違いがあるため、すべての障害者が健常者と同じように働くことは難しいでしょう。しかし、「障害者は簡単な仕事内容で短時間しか働けない」という認識を少しずつ無くしていくことは、やる気のある障害者にとっては大きな希望になります。また、障害者の多様な働き方を認めていくことは、労働市場におけるマイノリティの人達の働きやすさにもつながるでしょう。
障害者採用において重視すべき基準
では、具体的に障害をもつ人を採用するにあたって、どのような点を重視すれば良いのでしょうか。
業務や職場環境の適性
障害者雇用に限ったことではありませんが、求職者と自社の業務内容がマッチしているかどうかの判断は非常に重要です。求職者本人が「できる」と思っていても、障害特性によって難しい業務は少なくありません。また、そのときはできても、中長期的にみると継続するのが困難になる業務もあるでしょう。このように、求職者の適性を、障害特性や本人の話と併せてさまざまな側面から判断することが大切です。就労移行支援などの支援機関を利用している求職者の場合、スキルの修得だけでなく、「何ができて何ができないか」という得意・不得意の把握がある程度進んでいる傾向にあるので、参考にするのも良いでしょう。
また、業務の内容だけでなく、職場環境に適応できるかという判断も重要です。身体障害者の場合、職場がバリアフリー仕様になっていなければ雇入れることは困難です。また、精神障害者や発達障害者の場合も、騒がしい職場では集中できないなど、配慮しなければならないポイントを確認する必要があります。
業種や企業によって、準備できる環境は大きく異なるため、障害者雇用の採用基準は、「自社で無理なく抱えられる程度の障害」という条件を付けなければならないでしょう。このような課題を解決するためには、特例子会社や障害を持つ就労者のチーム、サポート専門の部署を作るなど、新しく障害者仕様の体制を整えてしまうのも良い方法です。
就労準備性
就労準備性とは、一般的な就労条件の範囲内で、問題なく働ける状態かどうかを指す言葉です。例えば、多くの企業では、始業時間と終業時間、休憩時間が決まっており、就労者は企業で働く以上、それに合わせなくてはなりません。毎日遅刻・欠勤せずに出勤するということでさえ、障害特性によっては大きなハードルになる場合があるため、就労準備性を備えているか見極める必要があります。
就労準備性は5つのカテゴリに分けることができ、「健康管理」「日常生活管理」「対人技能」「基本的労働習慣」「職業適性」で構成されています。このうち、「職業適性」と「基本的労働習慣」は企業による育成・支援で身に付けることができるとされています。しかし、前者の3要素はパーソナルな部分にもかかわるため企業だけでフォローすることが難しく、かつこれらの要素が欠けている場合、就ける職種の幅を狭めなくてはならないでしょう。
就労意欲
求職者本人の就労に対する意欲がみられるかどうかも、しっかりと観察し、判断する必要があります。一般的には、就職活動をしている以上は就労意欲があるのではないかと思われるでしょう。しかし、障害者の就職活動は、障害者の家族や支援機関の指導員の勧めよる場合も多いため、本当に求職者が働きたいと思っているのか、よく確認しましょう。特に、就労移行支援などは利用期間が決まっているため、期間内の就職活動を促される傾向にあります。このような、必要に駆られて行う就職活動が結果的にうまくいくこともありますが、本人の意欲が薄いままでは、せっかく雇入れても期待した労働をしてもらえなかったり、指導がうまくいかなかったりすることもあります。最悪の場合は早期離職に繋がってしまうことも考えられるため、やはり働く意欲を持った障害者を優先して採用することが大切でしょう。
障害者が安定して就労するためには
では、障害をもつ人が安定して働くためにはどのような点を注意すれば良いのでしょうか。
心身の安定
障害者を雇入れる際は、就労できる状態まで障害による症状が安定しているか、よく確認しましょう。就職すれば、日々の生活リズムや環境の変化が発生するため、心身ともにしっかりと耐えられる状態でなければいけません。特に、精神障害のなかには、「疲れやすく集中力が保てない」「やる気が出ない」「考えを巡らせることができない」といった、就労に支障をきたす症状も少なくありません。こういった症状はストレスなどが原因で悪化しやすいため、心身が安定していることは大切です。
障害受容
障害受容とは、障害者が自身の障害を受け入れていることを意味します。よくあるケースに、障害者本人が、「自分の障害はもう治っている」「問題ない」と考えている場合があります。一見、このような考え方は前向きで好ましく感じますが、障害者が自身の障害に向き合っていないという意味では少々問題です。自身の障害を認識するまでの過程には苦しさもありますが、現状を受け入れ、障害と共生していく、という考えを持っていることが、その後の仕事や生活の安定に大いに寄与していくでしょう。
支援機関によるサポートを活用する
障害者を雇用していくうえで大切なのは、定期的な状況把握とケアです。職場で困っていることや不安なことはないか、面談を通してヒアリングするようにしましょう。しかし、その不安の原因がプライベートにある場合は、企業では深入りすることが難しい場合もあります。そのようなときは、企業と障害者本人をサポートする支援機関の力を借りることをおすすめします。
例えば、「障害者就業・生活支援センター」は、その名の通り、職場だけでなく、日常生活に属する事柄に対してもサポートが受けられる機関です。生活リズムの改善や基礎体力をつける方法など、日常生活を送るうえでの指導・アドバイスが受けられるので、障害者を雇入れる際は連携しておくと良いでしょう。
障害者雇用における離職理由別の対応策
障害者雇用において、職場への定着は大きな課題です。ここからは、障害者職業総合センターによる調査から、離職の理由として高かった事項について、その対策を解説します。
人間関係に問題が生じた
職場における人間関係には、管理者との関係、同僚との関係の2パターンがあります。障害特性によっては、一般的には問題ないとされる人間関係のなかでもストレスを感じる場合が少なくありません。精神障害者のなかには、ちょっとした言葉に傷ついたり、勘違いから不安になってしまう人も少なくありません。特に発達障害者の場合は、発言の意図が汲み取れないなど、コミュニケーションがうまくいかずに人間関係の問題に発展してしまうこともあるでしょう。このように、障害者の職場定着を阻む要因として、人間関係の問題は軽視できません。
人間関係は職場ごとに異なるため、絶対的に効果のある対策は存在しませんが、最も重要なのは周囲の理解でしょう。障害者と接するうえで注意しなければならないポイントを共有し、理解し合うことが大切です。このような考え方は、障害者雇用のためだけではなく、他者を理解し、一人一人違う人間同士がうまく共存していくためにも必要とされています。障害特性に合ったコミュニケーション方法を確立し、社内で共有しましょう。
症状が再発した
採用時に就労準備性が整っていたとしても、障害である以上は症状が再発しないとは限りません。業務をしていくなかでは、本人も知らず知らずのうちにストレスを貯めてしまい、ある日突然重篤な症状が出てしまった、という例も少なくありません。このようなときは、一度働き方や職場環境を見直し、特定の原因がないか考えてみましょう。業務量が過多である場合は調整し、場合によっては休養を取ることも必要です。また、調子がよくなってきたからといって、自己判断で通院や服薬を止めてしまうのも症状再発の原因になります。服薬や通院に関しては自己判断をせず、医師や支援機関などの指示に従うことが重要です。企業側も通院のための休暇などをしっかりと整備し、適切な医療措置を受けながら働ける環境を構築しましょう。
まとめ
日本における障害者雇用は、徐々に浸透しているといって良いでしょう。地域や業種によって偏りこそあるものの、多くの企業で障害者雇用が推進されるようになりました。一方で、障害者雇用が進んだからこそ見えてくる問題や課題は多く、私たちはこれらに向き合っていかなければなりません。障害者を闇雲に採用するだけでなく、自社の雰囲気や業務内容に合う人材かをしっかりと見極め、配慮やサポートの行き届いた職場環境を構築できるか、よく検討しましょう。
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