障害者の雇用機会と職場定着の促進を図るため、日本では「障害者雇用促進法」が定められています。この法律は、1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」をもとに、幾度かの改正を経て制定されました。それでは、2021年の改正ではどのような点が変更されたのでしょうか。この記事では、過去の改正におけるポイントも含めて解説します。
※目次
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障害者雇用促進法とは
「障害者雇用促進法」は、障害者の雇用機会創出と職場定着の促進を目的として制定されました。この法律では障害者について、「身体障害や知的障害、発達障害を含む精神障害、その他の心身の機能の障害により、長期にわたり職業生活に相当の制限を受ける者、あるいは職業生活を営むのが著しく困難な者」と定義しています。
法律制定の背景には、「ノーマライゼーション」の理念があります。ノーマライゼーションをわかりやすく表現すると、「障害の有無にかかわらず、すべての国民が個人として尊重されている」「分け隔てなく互いに共生しあう社会の実現を目指す」という考え方です。
この理念を基礎として、職業生活においても、障害者が経済活動を支える一員として能力を発揮する機会が与えられることを目的として定められました。
障害者雇用促進法の3つのポイント
障害者の雇用を守るために、具体的にはどのような制度や取り組みが定められているのでしょうか。
法定雇用率
法定雇用率とは、民間企業や地方自治体などのすべての事業主を対象として、障害者を雇う割合を定めた基準のことです。障害者の雇用促進を目的とする「障害者雇用率制度」により、事業主にはこの法定雇用率の達成と、対象となる障害者の雇用状況を報告することが義務付けられています。
法定雇用率の対象は、身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳のいずれかを所有する障害者です。前述した障害者雇用促進法における対象障害者も、手帳を持った人に限られます。
しかし、ノーマライゼーションの観点からは、手帳を持たずとも困りごとを抱えた個人や企業を支える仕組みや、誰もが働きやすい職場環境をつくることが求められています。
法定雇用率を満たさない事業主には、「障害者納付金制度」に則り納付金が徴収されます。徴収された納付金は、法定雇用率を達成している事業主に対する助成金などとして活用される仕組みです。
法定雇用率を達成している事業主は、障害者雇用に向けた環境整備などで経済的負担が発生するため、障害者雇用を実施している事業主と実施していない事業主との間では、経済的な負担に違いが出てくる恐れがあります。このような障害者雇用による経済格差を防ぐ目的で、障害者納付金制度が定められているのです。
なお、対象となる事業主が毎年の雇用状況の報告を行わなかった場合や、虚偽の報告をした場合は、30万円以下の罰金が科せられます。さらに、雇用義務に関する違反があったことで、ハローワークから改善命令や「障害者の雇入れに関する計画」の提出を求められているにもかかわらず改善されない場合は、企業名が公表されます。企業名が公表されれば、社会的信頼を失いかねないだけでなく、業績への直接的な影響が出る恐れもあるでしょう。
職業リハビリテーションの推進
障害者の社会参加や継続した職業活動のサポートを目的として、「職業リハビリテーション」が推進されています。障害者雇用促進法では、職業リハビリテーションを「障害者各人の障害の種類及び程度並びに希望、適正、職業訓練等の条件に応じ、総合的かつ効果的に実施されるものでなければならない」と定めています。
リハビリテーションの具体的な内容としては、以下のようなものが挙げられます。
・職業評価
・職業指導
・職業準備訓練
・職業訓練
・職業紹介
・保護雇用
上記の「職業評価」は、職業リハビリテーションを行う機関に入所する前に、身体面・学力面・医学面・社会面・職業面などについて整理することです。職業評価によって得られた情報により、支援計画が作成され、本人に合った職業指導が行われます。職業指導は、体調コントロールについて体得することから始まり、徐々に仕事で必要なスキルの習得へと移行する流れが一般的です。
職業リハビリテーションは、さまざまな機関で実施しています。具体的には、以下のような施設があります。
・公共職業安定所
・障害者職業センター
・障害者雇用支援センター
・障害者就業・生活支援センター
・障害者職業能力開発校
・就労移行支援事業所
合理的配慮の提供
「合理的配慮」とは、障害者が障害を持たない人と同じように行動できるよう、一人ひとりの特性や場面に応じて発生する困難・障害を取り除くために行う調整や変更のことです。
例えば、肢体不自由の障害を持っており、段差のある場所での移動が困難な人には、手すりやスロープ、エレベーターを設置するといった方法があります。また、「疲れやすい」「不安や緊張が大きい」「人目が気になってしまう」などの症状がある精神疾患の人には、パーテーションなどで区切った休憩スペースを設けたり、こまめな休憩時間を設定したりという方法が有効です。
なお、合理的配慮は、「一人ひとりの特性や場面に応じて」行われることが前提です。そのため、配慮の内容は障害特性によって異なります。
ただし、一人ひとりに特定の配慮を行うことで、そのほかの人々の生活や活動が困難になるほどの影響が生じたり、実施する事業者に大きな負担が発生したりする場合、事業主は当該配慮の実施を断ることができます。その際は、当然ながら、配慮を求めている障害者本人に対してきちんと理由を説明しなければなりません。併せて、負担を軽減しつつ別の配慮を実施できないか、適宜検討することも求められます。
2021年の障害者雇用促進法の改正ポイント
ここまで、障害者雇用促進法の概要と押さえておきたいポイントについてみてきました。ここからは、2021年に行われた障害者雇用促進法の改正ポイントを解説します。
法定雇用率の引き上げ
2021年の改正ポイントは、法定雇用率の引き上げです。具体的には、2021年3月に、民間企業は2.2%から2.3%へ、国や地方公共団体などは2.5%から2.6%へ、都道府県などの教育委員会は2.4%から2.5%へと、それぞれ0.1%ずつ法定雇用率が引き上げられました。また、民間企業の対象範囲も、企業規模が45.5人から43.5人へと拡大されています。
なお、初めて法定雇用率が義務化されたのは1976年で、当時の民間企業の法定雇用率は1.5%でした。その後、1988年に1.6%、1998年に1.8%、2013年に2.0%、2018年に2.2%、そして2021年に2.3%と、徐々に引き上げられています。
法定雇用率の段階的引き上げの背景
法定雇用率が定期的に引き上げられてきた背景には、対象となる障害者が拡大されたことがあります。1976年当時は「身体障害者雇用促進法」という法律のもとで制度化されていたため、法定雇用率の対象となるのは身体障害者のみでした。しかし、1998年に知的障害者が、2018年に精神障害者が法定雇用率の算定対象となったため、それに併せてより多く障害者の雇用機会を得るべく、法定雇用率の引き上げが必要となったのです。
ただし、前述したように、障害者の雇用は事業主に経済的負担が発生する場合があります。そのため、雇用義務の対象人数を急速に増加させると、多くの企業が対応できないといった事態に陥りかねません。この点を考慮して、事業主の負担を限定しつつ障害者の雇用機会を増やすべく、法定雇用率は段階的に引き上げられています。
障害者雇用促進法の改正の歴史
法定雇用率引き上げのほかに、障害者雇用促進法は今までどのような改正を重ねてきたのでしょうか。2016年から2020年までの改正の内容について振り返ってみましょう。
2016年の改正
2016年の改正内容は、「雇用の分野における障害者に対する差別の禁止」「合理的配慮の提供義務」「苦情・相談体制整備」という、大きく3つのトピックに分かれます。
障害者雇用促進法では、募集や採用、雇用条件などのあらゆる要素において、「障害者」を理由に不当な扱いをすることを「差別」と定義しています。具体的には、以下のようなケースです。
・双方が雇用条件を満たしているにもかかわらず、健常者を優先的に採用する
・障害者だけ賃金を低くする
障害者雇用促進法では、上記のような差別を禁止しています。ただし、合理的配慮を提供し、職業適性などに鑑みたうえで、通常の雇用基準に生産能力が合致しないと判断した場合などは、賃金の差が生じても差別にはあたりません。
また、事業主が障害者からの相談に適切に応じるため、相談窓口を設置するなどして体制を整えたり、苦情が出た際は企業内で自主的に解決ができるよう努めたりする必要があることも定めています。なお、外部の支援機関に協力を要請できる制度も用意されているため、自主的な解決が難しい場合は利用することも可能です。
2018年の改正
2018年の改正における大きなトピックは、「法定雇用率の引き上げ」と「対象障害者の拡大」の2つです。
法定雇用率は、前回の引き上げから5年という短期間で引き上げられました。引き上げの主な理由としては、前述の通り、発達障害を含む精神障害者が法定雇用率の算定対象になったことが挙げられます。この2018年の改正を経て、法律上の定義である身体障害・知的障害を含めたすべての障害者が法定雇用率の対象となりました。
なお、内閣府による障害者数の年齢別データをみると、特に身体障害者における高齢化の傾向が顕著であり、近い将来、身体障害者雇用の市場が縮小することが予想されます。一方で、精神障害者についてみてみると、65歳以上の割合はやや増加しているものの、いわゆる生産年齢人口と呼ばれる年齢層の割合は6割弱となっています。こういった状況を踏まえると、2018年の改正は、精神障害者の雇用機会の拡大に大きな影響を与えたといえるでしょう。
2020年の改正
2020年には新たな制度がいくつか追加されました。
1つ目は、「特例給付金の支給」という制度です。これまでの障害者雇用促進法の仕組みでは、週単位の労働時間が20時間を下回る障害者は法定雇用率に含まれず、事業主は助成金支給などの援助を受けられませんでした。そのため、障害を持つ短時間労働者を積極的に雇用する事業主は少なく、一般雇用と比較しても「多様な働き方ができる」とはいえない状況にありました。
しかし、実際には、「障害特性によってフルタイムでの就労は難しいものの、短時間であれば就労が可能」という求職者は一定数存在します。これに対応する措置として、さまざまな障害特性を持つ求職者の雇用機会を平等に確保するために、特例給付金の支給が始まりました。特例給付金が支給される条件は、「週所定労働時間が10時間以上20時間未満の雇用労働者数がいること」です。なお、支給期間は限定されておらず、法定雇用率の算出には含まれません。
2つ目の新たな制度は、「もにす認定制度」です。障害者雇用の促進や定着を積極的に行う中小企業に対し、厚生労働大臣が「優良事業主」として認定するものです。「もにす」という制度名は、企業と障害者が「ともにすすむ」ことを目指す社会をつくるというビジョンから名付けられました。
「もにす認定制度」の対象が中小企業に限定されている背景には、法定雇用率の達成割合の違いがあります。厚生労働省による企業規模別の法定雇用率達成企業割合をみてみると、中小企業の割合は大企業の割合に比べて低くなっています(2021年3月5日時点)。助成金制度があるとはいえ、リーマンショックをはじめとする情勢の悪化などで相対的に人員や資金が不足しがちな中小企業にとって、経済的負担が生じつつ一定数の障害者を雇用することや、支援体制を構築することは簡単なことではないでしょう。
そこで、中小企業に向けた新たな支援策として「もにす認定制度」が制定されたのです。優良事業主として認定を受けると、自社のサービスや商品、広告などに「認定マーク」を付けることができ、厚生労働省やハローワークなどにも企業名が掲載されます。
認定は、「取組(アウトプット)」「成果(アウトカム)」「情報開示(ディスクロージャー)」の3つの項目をもとに行われます。これらの項目における評価の点数が基準を超えると、認定事業主となります。そのほか、「実雇用率が法定雇用率を下回っていないこと」「障害者雇用促進法の法令違反がないこと」なども認定の条件です。
まとめ
障害者雇用を語るうえで、障害者雇用促進法についての理解は欠かせません。この記事でも解説した通り、障害者雇用促進法はこれまでさまざまな理由で改正を繰り返してきました。依然として雇用に関する難しさが残る部分もあり、障害者がより幅広い選択肢を得るには、まだまだ時間がかかるでしょう。しかし、今後も適切な改正を繰り返すことで、障害者が幅広い雇用機会を得て、真の意味で働きやすい社会を構築できるようになるはずです。
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